はじめに
AIによるコード生成が当たり前になった今、エンジニアの生産性は確実に上がっています。でも「生産性が上がった=幸せになった」かというと、どうもそうでもないんですよね。Evil Martiansのエンジニアチームが公開した記事「AI-assisted engineers are burning out, is this fine?」は、まさにこの違和感を言語化してくれていると思います。今回はこの記事をもとに、AIコーディング時代の新しいバーンアウトについて考えてみます。
「生産性」の裏側で何が起きているのか
AIコーディングツールを使えば、数秒でモジュールが展開され、数千行のコードが生成されます。未知のコードベースでも短時間で価値を出せる。一見すると素晴らしい進歩です。
ところが実際には、多くの開発者が新しいタイプの疲弊を訴え始めています。ある開発者は「従来のバーンアウトとは違う。生産性に見せかけた認知的過負荷だ」と表現しています。別の声では「AIエージェントを使うと4〜5時間の超集中で脳が完全に焼き切れる」という報告も。「バイブコーディング」が気づいたら「ドゥームコーディング」に変わっている。そんな現象が広がっているのです。
エンジニアの仕事が「書く」から「読む」に変わった
私が最も共感したのがこのポイントです。AI時代のエンジニアの仕事は「考えて書く」から「AIが書いたものを読んで判断する」にシフトしつつあります。コードレビューが仕事の中心になるということは、創造的な問題解決のプロセスが奪われることを意味します。人間の脳は「自分で作る」というプロセスから大きなエネルギーと満足感を得ているので、それがレビュー作業に置き換わると、達成感が目に見えて減っていくのです。
「もっとやれるはず」という生産性の罠
AIで効率が上がると、当然「もっとやれるはず」という期待値も上がります。自分自身もそうですし、チームや組織からの期待も変わります。結果として、常に生産性を最大化しなければならないというプレッシャーが生まれます。「AIがあるのだから休んでいる場合じゃない」という空気が、新しいタイプの疲弊を引き起こしているのだと思います。これは個人の問題というよりも、業界全体の構造的な課題です。
処方箋は「手を動かす時間」を意図的に作ること
記事が提唱する解決策はシンプルですが本質的です。まず、仕事のプロセス自体を楽しむ感覚を取り戻すこと。次に、成果物への当事者意識と誇りを再構築すること。そして、あらゆる瞬間の生産性最大化という不健全な志向から距離を置くこと。
具体的には、AIに頼らず自分の手でコードを書く時間を意識的に確保することが有効だと思います。全部を手書きに戻す必要はなくて、例えば1日のうち1時間だけでも「AIなしで考えてコードを書く」という時間を設けるだけで、エンジニアとしての手触り感を維持できるのではないでしょうか。
まとめ
私自身もAIコーディングツールを毎日使っていますが、この記事を読んで「確かに」と思う場面がいくつもありました。生産性の数字だけを追いかけるのではなく、自分が何に充実感を覚えるのかを定期的に振り返る。ツールの恩恵を最大限に受けつつも、エンジニアとしての創造性を失わないバランスを意識する。それが、AIと長く付き合っていくための鍵なのだと思います。
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